プロフィール

この記事をシェアする

こんにちは、このブログを運営するヒロフルカワ(@MailTomix23)です。

僕はこれまでに3カ国での長期滞在を経験し、留学とボランティア、就業をしてきました。どれも素晴らしい体験で、これまで日本で育ったことを忘れるくらい、刺激的な出会いがあり、新しい価値観を植え付けることが出来ました。

幼少期からサッカーばかりしていた僕は、海外遠征を含めて二度、小中学生のあいだに国外を経験しています。韓国とイタリア。

そうした、ちょっと特殊な経験を持つ僕は、人一倍くらい海外への憧れが強く、日本という「国の外の世界」に焦がれ続けてきました。それは今もかわりませんが。

そんな僕のプロフィールを紹介したいと思います。

海外の楽しさを肌で実感したカナダ留学

日本にドップリと浸かっていた大学生の自分は、カナダ留学で、新しい自分に目覚めることになりました。

カナダで体験したことは、「なんだこの面白い世界は」という単純な感情だったのですが、この感情こそがすべての始まりだったと、今では思っています。

生まれて初めて「海外の生活」をしてみて、外国人との交流、授業、世界観、景色、雰囲気、文化に肌で触れ、ほんとうに「世界は広い」と心から感じた時間でした。

これまで会ったことのない国の人と勉強し、授業が終われば近くのカフェへ行っておしゃべり。夜にはクラブやバーといったナイトライフを楽しみました。

好奇心を満たすべく、とにかく色々なことに挑戦したカナダ留学でした。

この経験によって、私が十何年とかけて積み上げてきた価値観が一気に崩れ落ちていきました。そして同時に、崩れた上に新しい生き方を重ねていける土台が出来た瞬間でもありました。

それくらいカナダ留学は大きなインパクトを、僕の魂に残していきました。しかもたった2ヶ月半の間に。

そして僕が行き着いた先は「とにかく海外へ出よう!」という考えと願望、希望でした。

大学へ行っても、バイトをしても、何をしていても「どの国へ行こうか」と考えて、いても立ってもいられなくなり、気がつけばタイ・ラオスへと人生初のバックパックを背負った一人旅に出かけていたりしました。

僕にとってのすべての始まりは、カナダの語学留学にあると言っても過言ではありません。

カナダに行かなければ、きっとフィリピンにも、タイやラオスにも、はたまた英語すら話せていなかったと思います。人生って、ちょっとした出来事から動き始めるんだな、と感じた時間でした。

気がつけば5年以上もカナダには行っていませんが、いまだに心が熱くなる思い出の地です。

フィリピンとの出会い

次なる目標を定めるため、あれこれと考えていました僕が思いついたのは、フィリピンへのスタディーツアーでした。

遡ること高校時代、僕は当時の地理の先生が所属していた、フィリピンを支援するボランティア団体によく顔を出していました。その団体の活動に、年一回のスタディーツアーがあることを思い出したのです。すくまさまスタディーツアーに申し込み、参加することを決め、フィリピンへと旅立ちました。

そこで出会ったフィリピンの事実は衝撃的でした。

もともとフィリピンが貧しい国だとは知っていましたが、これほどだとは思っていなかったのです。整わないインフラ、渋滞する道路、道端に落ちるゴミ。日本とはかけ離れた世界が広がっていたのです

そんなフィリピンの有り様と同様に、人々の生き方にも感銘を受けました。

カメラを持って道を歩くと素敵なオジサンが微笑みかけ、子どもたちが宝石のような笑顔をくれる、心温まる場所だと感じたのです。

毎日を忙しく駆け回る日本とは対象的に、フィリピンに住む人々は毎日の幸せを楽しんでいるように見えました。

「お金がなくても幸せなんだよ」という、人生の楽しみ方を教わった気がしたのです。そこからどんどんフィリピンの魅力に取りつかれ、「フィリピンでもっと人生を考えてみたい」「新しい体験がしたい」と、心の声に従った結果として、ボランティアとして滞在することを決めました。

超サバイバル能力を身につけたフィリピン

セブ島と聞けばリゾート地がとして有名ですが、僕はスラム街で「明日のお金もどうしよう!」と貧困に嘆く人々一緒に暮らし、彼らのリアルな生活を共有する日々を送っていました。

現地の大学にも通い、フィリピン人に囲まれて大学生活を送るという、とても奇妙で濃い状況を楽しんでいました。目に映るすべてが新鮮で、刺激的な日々でした。

それとは同時に「エキサイトセブ」というセブ島のウェブマガジンを、メインメンバーの一人として記事を書いていました。ここで記事を書いてたことが、ブロガーとしての僕とライター活動をしている僕の原点になっています

今では、セブポットに次ぐ一大メディアに成長してくれました。ボランティアをした後は、セブ島で1、2を争う旅行会社「PTNトラベル」にひょんな縁から就職することになります。

ツアーコーティネーターとして、新規ツアーの企画・運営、ツアーやホテルの予約受付、現地空港でのアテンド、ウェブサイトの管理など、30人くらいの部下・同僚を抱え、日々を忙しく過ごしていました。

持ち前のコミュニケーション力を駆使して、国籍を超えたチームワークの構築方法を会得。良きも悪気も経験し感謝の涙を流しながら、一年間の契約を満了して退社となりました。

フィリピンの話をすると話題は尽きません。

なぜかというと、フィリピンは私にとって「アナザースカイ」だからです。

22歳という尖りきっていた当時の私を、優しい夏の蒸し暑さで包み込み、底なしの微笑みで癒してくれた国です。貧困街で、明日のお金もどうするかわからない人たちの笑顔。

じつはそういう人たちに限って、精一杯おもてなしをしてくれます。とりわけセブ島は、暖かさに包まれた陽気で、慈悲深くて、愛に満たされた場所でした。

ニュージーランドでの英語の日々

僕がニュージーランドへ留学を決めた理由は単純なものでした。日本で中退した大学は、辞めても三年以内なら無試験で再入学できたのですが、カナダ、フィリピンとそれ以外の国々で得た経験をより密度の濃いものにしたいという想いが湧いてきました。

そこで、様々なことを検討した結果、ニュージーランドへの留学を決意することにしたのです。帰国後に取得した英検準1級を利用した留学だったので、準備期間はそれほどかかりませんでした。

ニュージーランドでは経済学と金融、会計学を専攻していました。

日本と海外の大学の違いは、ディスカッションが中心であること、課題の多いことが挙げられます。プレゼンテーションやエッセイ、リサーチレポートなど、とにかく課題の記憶しかありません。

卒業論文にいたっては16,000ワードの論文を書き上げ、クラス上位の成績を取ることが出来ました。ちなみに題材は「GDP Contributions by Tourism Industries~Comparison of the Philippines and New Zealand~」

僕の論文はコチラからダウンロードできますが、盗作は厳禁なので守っていただくようお願い致します。フィリピンでの経験を活かし、旅行業がGDPに与える影響を、フィリピンとニュージーランドを比較しつつ論じていく経済論文です。

こうして夜な夜な課題をこなしつつ授業に参加したおかげで、成績は上位をキープ。念願の卒業式では、卒業生代表の一人として、400人の前でスピーチをしました。

日々こんな感じで勉強していましたね。音楽聴きながらずっと勉強してました。

学業以外のニュージーランドはとても楽しく、地元のサッカーチームに所属して試合に出ていたり、友達と旅行に行ったり、一人でバックパッカーしたりしていました。有名な観光地はほとんど行ったし(オークランドはまだ)、かなり色んなことしましたね。かなり満喫しました。

これからはニュージーランドの役立つ記事も、たくさん紹介していきます。

ニュージーランド生活は、僕にとって二番目に長い海外滞在で、第三の故郷も言っていいほどになりました。ちょっと遠いので、頻繁に足を運ぶことは難しそうですが、近々また行きたいと思っています。本当にいい国なので。

「また帰りたい」そう思える国が増えていくのは、とても楽しいことで、「人生楽しんでるな」って気になりまます。「人生にゆとりができる」ってことを実感してます。逃げられる場所があるってスゴイことですよね。

思い切って飛び込んでみると、意外にもそこから学んだり得たりできるものって多いので、人生はやっぱり「挑戦ありきだな」って思いますね。

そんなことを考えながら、ニュージーランドでの一年半の留学も無事に終了。残るか考えたものの、けっきょくニュージーランドからは、一旦帰国することにしました。

これからのこと、夢とか。

とにかく楽しんだカナダ・フィリピン・ニュージーランドはいったん置いておき、「いま」と「これから」について話をしたいと思います。

ニュージーランドから帰国して、米国公認会計士の勉強をしていましたが、いったん中断することに決めました。紆余曲折ありながらも、現在は日本の企業でSEとして働いています。

それ以外にもブログを書いたり、クライアントワークをして、執筆を中心にパラレルワークをしています。やっと「ブログだけ」だったワークから飛びだし、少しづつ外の世界でお金を稼ぐことを始めました。

今目指しているのは、独立してフリーランスになること。日本と海外の二拠点間生活に向けて準備を進めています。

日本から出たいというよりも「日本を拠点として広く活動したい」という想いが強いです。ライティングワークを中心に、ブログやワークショップなどを増やしていくのが理想。

「とにかく生きること」に貪欲になりたいと思っています。

このブログを通して広めたいのは、個人がより幸せに生きられる方法の実践と記録です。

ただ周りに価値を定められ、人に囲まれて狭く暮らすより、とにかく自分で飛び出して、限界は自分で決めるような生き方を広めること。まずは自分の旅や活動を中心に、旅好きな人、ミニマリスト、フリーランス。いろんな人に役立つ情報を配信していきます。

そんなヒロフルカワを、どうぞ宜しくお願い致します。